こんにちは。
今回は私なりにAIに対して思うことや価値観・哲学的なお話をしようと思います。
最近LLMの進化や発展が素晴らしいですね!
私も日々AIを活用して、業務や趣味の開発を快適に進めております。
しかし、LLMがこれほど便利で素晴らしい性能を出せるようになっても、LLMに任せないこともあります。
その一つは、今回のテーマでもある「ブログを書く」ことです。
これはAIに書かせる予定は今のところありません。
え?なんで?AIなら一瞬で楽に書いてくれるのに?って思いました?
最近のXやYouTubeやネット記事を開けば、こんな感じの内容がよく見受けられますね。
LLMを使って、わずか10分で便利なアプリが完成!
AIに記事の作成依頼をしたら、一瞬で記事が完成!
寝る前に指示を出したら、朝にはプロダクトがひとつ完成!
いわゆるAIを使って効率化というか、完全にエンジニアやデザイナはもはや不要論的な話。
これらについて私は完全に否定するつもりはありませんし、私もAIを活用して開発の効率化を肯定・推進している側の立場です。
ただし、ブログを書くことについては、LLMに書かせることはありません。
この理由はシンプルだけどとても大事な内容なので、これから解説しようと思います。
それではよろしくお願いします。
私のAIに対する価値観について
前提として、私が10年近くAI開発に携わってきた身として、大事にしてきた価値観について述べておきます。
- AIは人をサポートするために存在するものであり、人を駆逐するものであってはならない(倫理)
- AIは常に人が制御・解釈可能なものであるべきであり、必ず安全に設計されるべき(設計)
- AIは人がより自由で豊かな暮らしを得るための手段として最適化・発展し続けるべき(成長)
これらについては、どこか参考にしたソースがあるわけではありません。
なんとなく私がAIについて学びモノづくりやソフトウェア開発を続ける中で醸成した、ただの主観というか価値観です。
なので最近のLLM界隈でよくうたわれる先ほどのようなニュースや記事をみていると、どこか共感できるようなできないような気持になったりしたのも、本記事を書いた動機でもあります。
前置きが長くなりました。
なぜブログを書くことにAIを使わないのか、私の価値観を前提にお読みいただけると幸いです。
理由①:自分でやることで獲得したい効果や目的があるから
まず最初の理由として、ブログを書くことによって、獲得したい効果や目的があるから、です。
具体的には、文章を書くことで脳内の思考の整理ができ、自身の成長やストレス発散を目的にしています。
この目的でブログを書いてるのに、LLMにやらせてしまっては意味がありませんね。
例えば思考の整理をするためのサポートをLLMに手伝ってもらうならいいかもしれません。
ブログのストーリー構成をどのようにするか整理してもらったり、詳しく書きたい情報について検索して集めてきてもらったり。
こういったサポートツールとしてAIを活用するのはおすすめです。
記事を書くために必要な情報やソースをLLMに丸投げして、いくつか凝った指示を与えれば、確かにそれらしい記事が一瞬でできあがるでしょう。
しかしそんな薄っぺらな記事を大量生産したところで、一体何の意味があるのでしょうか?
AIはそんな使われ方をされるべきではなく、人の成長や豊かさのために活用されて欲しいと思います。
理由②:面倒な作業ではないから
2つ目の理由が、ブログを書くことが私にとって面倒な作業ではないから、です
AIを使うモチベーションの一つとして、面倒くさいことを効率よくやりたいという欲求があるかと思います。
私もコードを書く作業は時折面倒な部分があります。
それはコードとしてほぼ一意に決まっている内容をわざわざもう一回手打ち(またはどこかからコピペ)するのはすごく面倒です。
こういったものはLLMにどんどん書いてもらいましょう。だって書く内容はほぼ同じはずなのですから。
ブログを書くのは面倒ですか?同じ言葉の繰り返しでしょうか?
これは創作活動にも似たような考え方かもしれませんが、同じような言葉でも、文章の使い方によっていくらでも表現や価値は変化します。
AIが生成する文章はとても味気なく、無難なものです。
それはそうでしょう。統計的に確率の高いものを選んでいるだけなのですから。
万人受けする回答ができるように調整もされています。
人の深い思考や長い経験、豊かな感情や性格を複雑に組み合わせて表現するから味があって面白いものです。
もしLLMでブログを書かせて喜んでいる人がいたら、多分その人は文章を書くことが嫌いで面倒だと感じているのでしょう。
私はそういうタイプではないので、AIに書かせる予定は今のところありません。
LLMが私の経験や性格、感情をMCPで読み込んで文章を書けるような日が来たら検討ぐらいはするかもしれません。
理由③:行動の主体的な決定をしているのは「私」であるから
3つ目の理由は、ブログを書くことを決めているのは「私」だからです。
LLMが飛躍的に能力を高め成長していることを私はとても喜ばしく思っており、日々感動しています。
しかし、LLMを万能なものとして勘違いしてはいけません。
この勘違いにより、なんでもLLMにやってもらおうとして主体性を失っている人が多いようにも感じています。
確かにLLMを使えば、あらゆる場面で応用することで効率よく物事を進められるでしょう。
それ自体はとても素晴らしいことです。
ですが、絶対にLLMに丸投げしてはいけないのです。
よくわからないけど、LLMが言うんだからLLMの方が正しいと思ったりしていませんか?
LLMが作ってくれたアプリやツールの中身はよくわからないけど、なんとなくうまく動いているから大丈夫だろうと思ったりしていませんか?
もしあてはまるようなことがあれば、LLMに主体性を奪われていますよ?
常にAIは従えるべき存在であってください。
AIに取って代わられるのではなく、AIにあなたをサポートさせてください。
AIの出力に興味関心を持ってください。常に疑ってAIを解釈しようとしてください。
ブログを書くという行為は、自分で表現したい文章を書くという行為です。
決してAIに丸投げで書かせるようなことはしないで欲しいと思います。
まとめ
今回は私がAIにブログを書かせない理由についてご紹介しました。
これは私という一人のAIに関するソフトウェア開発やモノづくりを行ってきた者の価値観であり、人とAIのあり方についての願いでもあります。
なので今回紹介した内容が正しいというわけではありません。
ですが、やはりAIの実態を知らない人ほど、AIに安易に万能感や期待感をもってしまい、なんでもAIに頼ってしまったり、無力感や虚無感を抱いてしまうのではないかと危惧しております。
今回の内容が、そんな皆さんの参考になれば幸いに思います。
最後に余談も含めてですが、「AIが暴走して人に危害を加える可能性はあるか?」という議論がいつの時代でも問われることがあるかと思いますので、私なりの回答をして締めたいと思います。
本記事の内容、特に私のAIに対する価値観に共感する人が多い世の中ならNoだし、そうでないならYesだと思います。
ここまでご覧いただき、ありがとうございました!